講師とスピーカーの違いとは?

トリをつとめる噺家の力量

柳家喬太郎師匠によると、「寄席ではトリを務める噺家がいちばん偉い」そうです。

ここで偉い、というのは、地位が高いことを指しているのではなく、実力があるという意味。

トリを務める噺家は、さきに高座をつとめた噺家の演目とダブらないようにネタを決めなくてはいけない。

同じネタは避けなければいけないことは当然として、同じジャンル(例えば人情噺)がかぶらないように配慮すべし、という暗黙のルールもあります。

いくつか腹案があっても、誰かが披露してしまえばボツ。

高座に上がって、まくら(前ふり)を話しながら客の反応を見て、最終的にネタを決めることすらあるようです。

それだけの制約条件の中でトリをつとめるには、相当の力量が必要。

だから「寄席ではトリを務める噺家がいちばん偉い」わけです。

パワーポイントスライドを作ることが講演準備ではない

ある人が、こんなテーマで話してほしい、と講演・セミナーのご依頼を受けたとします。多くの場合、その道の専門家と目される人ということになるでしょう。

その人は当然、聴き手の属性を考慮して準備をするでしょうが、聴き手の知識レベルや問題意識の在りどころは、実際に話してみないとわかりません

話をしながら、相手の表情や目線、メモをとる手の動きを観察する。そこで、聴き手が強く反応する「それを聞きたい!」鉱脈に行き当たったら、即興で深く掘る。それが出来る人が「専門家」であり「講師」なのだと思います。

ましてや、与えられたテーマからビミョーに(場合によってはハデに)ズレた持ちネタを用意してきて、テープレコーダーみたく喋る人は「スピーカー」たりえても「講師」であろうはずがありません(注)。

講演の準備をする、というのはきっと、パワーポイントスライドを作ることでも、シナリオに沿ってリハーサルを繰り返すことでもなく、聴き手のツボがわかったときに、即興で話を深掘りできる「地力」を身につけておくことをいうのです。

それは、寄席ではトリを務める噺家が、噺のまくらで探りを入れつつ、自らの膨大な蓄積の中から瞬時にネタをチョイスする様そのものです。

(注)なぜ話の内容が与えられたテーマからズレるのかといえば、相手が聞きたがっていると予想される話ではなく、自分のしゃべりたいことをしゃべっているからにほかなりません。そこをわかってやっているとすれば不誠実ですし、わかっていないとすれば能力不足です。