仮説検証型研究レポートが面白くない理由

仮説検証型の研究レポートはなぜ面白くないか?

その理由はシンプルで、そんなの当たり前じゃん、という結果になりがちだから。

例えばこんな感じです。

私たちは、お金に困っている人が窃盗犯になるのではないかと言う仮説を持って、一千件の窃盗犯に係る事件を調査したところ、愉快犯である数件を除き、99%以上もの事件が金に困っている犯人によって実行されたことがわかりました。これによって私たちの仮説が正しいことが証明されたわけです。

勘のいい人はもう気づいてるかもしれませんが(勘がよくなくても気づくかもしれない)、仮説検証型研究のポイントは、いかにして検証するかにあるんじゃなくて、いかにエッジの効いた仮説が提示できるかにあります。

若干気の利いた人なら、エッジの効いた仮説を得るためのフィールドリサーチに相当なエネルギーを割く必要があるな、これは大変だと思うことでしょう。

もっと気の利いた人なら、だったら仮説検証までいかなくても、仮説提示型の論文で十分いいんじゃね?と気づくと思います。

今手元にある経営論文集を何冊かパラパラとめくってみたのですが、仮説検証型の研究はひとつも見つかりませんでした。

こと社会科学の分野では、仮説検証型の研究は、わかりきったことの裏付け調査をすることに終わってしまい、「so what?」(だから何なの?)という感じになりがちなのです。

しかもそれが、定性的な仮説を定性的次元で「検証できました!」と言い切ったとしても、第三者から見れば、何をもって「検証」と称するのかという疑問は払拭できないところです。