日本がもし一棟のマンションだったら

世界をひとつの村に、63億人の人類を村民になぞらえた『世界がもし100人の村だったら』という本がありましたよね。

私は最近、よく『日本がもし一棟のマンションだったら』と考えます。

以下に引用するのは、「都内の一部不動産仲介会社で話題となっている」というマンションの話です(出所;「月刊不動産鑑定」2015年11月号61ページ)。

人気エリアに存する築30年超の古い分譲マンションで、将来の大規模修繕に備えて戸当たり1千万円近い積立金が数年前には積み立てられていました。

このマンションを数年前から外国人(とある一つの国の集団?)が買い進むようになりました。

戸数にして1/2をその外国人( 集団)が所有した後、それまで積み立てられていた大規模修繕積立金を各戸に返還する決議を総会で通したのです。

積立金返還により表面化した感がありますが、他の区分所有者の無関心も相まって、外国人( 集団)が当該マンションの運営管理を手中に収めて彼らの論理で仕切っているようです。

その後大規模修繕は全く行われていません。

このマンションは、仲間内では、絶対手を出してはいけないリストに入っています。

あまり気持ちのいい想像ではありませんが、日本という一棟のマンションの中にも、このマンションがよいすみかであり続けることを望んでいない人たちが紛れ込んでいる気がしてなりません。

私たちは、くだんのマンションの「無関心な区分所有者たち」を嗤うことはできないでしょう。

彼らだって「決して無関心ではなかった。入金管理だってきちんとしていたし、リセールバリューだって気にしていた。」と言うかもしれません。

でも、自分たちのマンションの維持管理には無関心だった。

テレビの国会中継を欠かさず見て政局を語ることが「政治に関心がある」ことを意味しないのと同じように、賃料収入にシビアであることをもって「保有資産に関心を払っている」とはいえないのです。