私のブックレビューまとめ(その1)

最近はサボっていますが、ブクログ(booklog)というブックレビューサイトに読んだ本の感想を書きためています。

昨日、ブログに貼り付ける紹介リンク用のコードが簡単に生成できることに気付き、これならネタに困らないという安易な考えに染まってしまいました。

数年前に書いたものなので、とりあげた本はいずれも刊行からやや年月が経ってしまっています。ご容赦ください。

竹内政明 『「編集手帳」の文章術』 (文春新書)

新書というのは、実にいいものだ。

各界の第一人者が、それぞれの専門分野で得た知見を分かりやすく、コンパクトにまとめてくれていて、しかもそれが千円足らずで手に入るのだから。

名コラム読売新聞「編集手帳」の筆者にして当代随一の名文家、竹内政明が著した『編集手帳の文章術』もそんな一冊である。

もちろん、ここで語られるのは、文章を書く時に留意すべきことであって、いいコラムの書き方ではない。が、両者はじつは密接に関連しあっているのではないか?というのが、私の読後感だった。

つまり、言葉を選ぶセンスというのは、読み手をシラけさせない、不快にしない、苛立たせないことに通じていると思ったのだ。

実際のところ、耳の痛い記述も少なくないから、自分の耳に心地よい情報だけに触れて生きていたい方にはお勧めできない。

(追記)文末を「ダ」で終わる文を書くな、というのが著者の教えです。なるほどと思いつつも、あえて今回はここまで文末を「ダ」で終わる文で綴ってみました。

さいごに、著者が『出入り禁止』にした、嫌いな言葉の一部を掲げます。本書を貫く思想の一端に触れてみてください。

する機会があった
ちょっと待って欲しい
と言っても過言ではない
就活
意気投合した
売り
こだわる
定番
なあに
合掌。
立ち上げる
説明責任
上から目線
アイデンティティー
ぱくつく
癒やし

 

宮部 修 『一夜漬け文章教室』 (PHP新書)

この本に出会えてよかった、と思える本。

じつは、自分が文章を書く上では、竹内政明『「編集手帳」の文章術』のほうがよほど参考になったように思う。

この本から私が学んだのは(やや個人的なことだが)次の二点である。

ひとつは、「教える立場にある者の姿勢」という点。
著者は、文章教室の講師になるにあたって40冊もの関連図書を読破し、しかも「さして得るものがなかった」というが、教える原点たる「書けない人は、いったい何がわからないのか」について飽くなき追求を続ける。彼がたどり着いたこたえは『書けない人は「どう書くか」がわからないのではなく、「何を書くか」がわからない。むしろ「どう書くか」の知識が書く障害になっている』ということである。

もうひとつは、この本の「文章」を「ビジネスプラン」に置き換えたら、まさにビジネスプラン研修のあり方の問題点の指摘になっている点である。
「何を書くか」は教えにくいが、「どう書くか」にはすでに定説があり、すこぶる教えやすい。教える側はとてもラクであるが、教わる側はその犠牲になる、というわけだ。

こんな本が680円で買えるなんて、なんて素晴らしいことだろう。ぜひ購入されてマーカーや付箋で存分に汚していただきたい。

 

手嶋 龍一・佐藤 優  『インテリジェンス 武器なき戦争 』(幻冬舎新書)

秘密情報の98%は公開情報を再整理することによって得られるという」という冒頭のフレーズだけでも読む価値があるのではないか。

国際諜報の読み物としてもめちゃくちゃ面白いが、私は情報センスを磨くための経営書として読んだ。

本書とは関係ないが、途中藤巻幸夫さんが、私が円安の進行を強く主張するのは私のポジションに有利だからだ、と言っていたことを思い出した。情報発信もそうしたものだということである。

ありていにいえば、凄くいそがしいときに、僕は忙しい、とアピールすることの得失を考える、ということだ。

なお、佐藤優は、情報センスについてこう言っている。「これは資質の問題なので、訓練しても治りません」。

 

斎藤孝 『働く気持ちに火をつける―ミッション、パッション、ハイテンション!』

ベストセラー「声に出して読みたい日本語」で知られるタレント学者、齋藤孝(明治大学教授)の著書はすでに相当な数に上るが、記述が平易で内容も魅力的なので、新刊が出るたびに読んできた。

テレビ番組で見る齋藤孝は、いつも明るく、声が大きく、挫折なんか知らないインテリという印象が強かったが、この一冊で、著者に対する私の認識は全く変わってしまった。

ほんとうの齋藤孝は、「明るく、声が大きく、挫折なんか知らない」人物などではなかった。むしろ、過去のネガティブな記憶(二人の子持ちでありながら、32歳まで定職に就けず、ずいぶん苦労をしたらしい)がいまだ四肢に満ちているような人物である。本書にはそれを窺わせる記述、たとえば『世間というものは、いろいろな形でストレスを与えて、人の自尊心を奪いながら日々をやり過ごしていく』『(一流のスポーツ選手は)自分を否定的に見ていた人の言葉を絶対に忘れていないはずだ』『このままではすまさんぞ、十倍返しにしてやる』といったネガティブなフレーズが随所に見られる。

しかしながら、彼が過去の不愉快な記憶をメラメラと燃やし続けている理由は、この『ネガティブな体験や不愉快な感情を、エネルギーの起爆剤に』するためである。そして、『仕事の七割くらいはこのネガティブな感情を燃料にしてきた気がする』とも述懐している。

安易に人生をつないできたために、つねに誰かの後塵を拝し、いわば周回遅れの人生を余儀なくされている私には、『毎朝お茶の水橋の上からやり場のない苛立ちを抱えつつ川面を見つめる』齋藤の気持ちが身につまされるほどによくわかる気がした。また元来ぼんやりした気質で慢心しやすいが、他人に軽んじられたり、粗略に扱われた悔しさが充満している間は前向きに頑張れる自分と、齋藤との間に共通項を見出し、大いに親しみも感じた。

齋藤は、何十年間も鬱積した思いを発酵させ続けているから、死ぬまで創作エネルギーが尽きることはない由である。私も50歳が手に届く年齢になったが、人生の収穫期どころか、やっと田植えが終わった気でいる。これからも不快な感情や怒りを推進エネルギーに変換しつつ、前に進みたいと思う。