「いつでも自分の意思や気持ちを表現できる」ことの功罪

撮影中止にも平然としていた高峰三枝子

映画『犬神家の一族』(昭和51年公開)の撮影が佳境にさしかかったころ、現場である問題が持ち上がりました。犬神家の座敷に立てられるべき屏風が考証イメージに合わないとして、市川崑監督が差し替えを指示し、その日の撮影が中止となったのです。

スタッフは頭を抱えました。その日は、大女優・高峰三枝子が撮影のため現場入りしていたからです。

おそるおそる撮影が中止になった旨とその理由を説明すると、高峰は「さすがは市川監督、いい作品にするためには妥協なさらない姿勢がご立派だわ」という趣旨のことを述べ、一切の不満を口にしなかったそうです。

この作品は、興行的に大成功し、高峰自身もブルーリボン賞助演女優賞に輝きました。

彼女はなぜ、満を持して臨んだ撮影が中止になっても、不満な表情を見せなかったのでしょうか。

監督へのリスペクトもあったでしょうし、いい作品にしたい気持ちは監督に負けないものがあったでしょう。

しかし、いちばん大きいのは、自分が不満を洩らすことで、スタッフに無用の負担がかかったり、現場の士気に影響することのないように、という配慮だったのではないでしょうか。

時間をおけば人の行動はかわる

それを即座に判断できた高峰はさすがですが、市井に生きる私たちも、三十分ほどアタマを冷やす時間をもらえば、「ここで感情的になるのは控えよう」という分別も生まれようというものです。

だけど、即座に「あ〜撮影中止だって。私を誰だと思ってるんだ。ざけんなよ!」などとツイートしてしまったらもういけない。

「あんなに怒ることなかったな…」と反省しても、あとの祭りです。

私自身、「あんなこと言わなければよかった」「あんなこと書かなければよかった」と思った経験は一度や二度ではありません。

そこで、最近は衝動抑止策を講じています。

方法は簡単、発言(投稿)する前に、一度文章にしてみて、一晩置くのです。それでもなお投稿したければ、その文章をコピーペーストするだけ。

書いたことだけで満足し、投稿するまでもないと思えば、そのままにしておきます(そういった文章がiPadのノートパッドにたくさん貯まっています)。

いつでも自分の意思や気持ちを表現できるってすごいことですが、それがその人を幸せにしているかどうかは、人によってかなり違うような気がします。