「公開処刑」の二面性

公開処刑とは何か

ネット上でよく目にする「公開処刑」という言葉があります。

もちろん比喩的表現ですが、おおむね二通りの意味があるようです。

ひとつは、公に誤りを指摘したりし論破したりして、誰かに恥をかかせること。

もうひとつは、力量や容姿が相手より格段に優れているせいで、意図せずして相手に恥をかかせる結果になることです。

 

ネットに晒されているのは誰か

前者の場合、誤りを指摘された側がさらし者になるわけですが、恥をかかせた側のものの言い方や、公然と相手に恥をかかせる無慈悲さも、同時に公に曝されている、ということは、重要な気づきだと思います。

後年の創作かもしれませんが、本能寺の変の直前、織田信長が、家康の馳走役を命じた明智光秀に大勢の前で恥辱を与えたという有名な話もあります。

他方で、宗麟の時代、大友家中第一の武将であった戸次鑑連(立花道雪)には、こんなエピソードが伝わります。

あるとき、客人の前で馳走役の部下が粗相しました。

公開処刑とは言えぬまでも、鑑連は、部下のせいで恥をかかされたわけです。

しかし、鑑連は、客人に詫びると同時に「不馴れなため失礼をいたしましたが、この者は戦場では誰よりも勇敢で頼りになるのです。」と付け加えて、部下を庇ったといいます。

一知半解なままにしたり顔で語って、その上誰かにピシリと誤りを指摘された人が格好悪いのは当然ですが、指摘の仕方によっては、いちばん評判を落とすのは、案外恥をかかせた側なのかもしれません。