講演メモ『異邦人が見た明治の日本』

全国競売評価ネットワーク(KBネット)の総会が、4月20日に福島県郡山市で開催されました。

KBネットは、競売評価の精度向上等を目指して全国の競売評価人(注)がつくる組織で、毎年持ち回りで総会が開催されています(昨年は島根県松江市でした)。

(注)評価人とは、民事執行法に基づいて、競売物件の売却基準価額を評価する人のことです。知識・経験を有する不動産鑑定士の中から執行裁判所が試験等により選任するのが通常です。本来、評価人は、具体的事件について担当裁判官から評価命令を受けた者のことを指すので、上記の競売評価人は、正しくは「評価人候補者」と呼ぶべきものです。

競売評価人になって九年目の私は、総会に参加するのは今回がはじめてでしたが、総会参加者約265名(うち懇親会参加者約225名)という大掛かりなもので、その盛大さに驚きました。

基調講演は、民俗学者赤坂憲雄氏(学習院大学教授、福島県立博物館館長)による『異邦人が見た明治の日本』でした。その内容が、非常に心に残るものでしたので、ここに記しておきたいと思います。

以下の内容は、講演を聴きながら私が走り書きでメモに残したものであり、聴き間違いや理解不十分な点がありうる点ご理解願います。

人口3000万人時代の日本の姿

縄文時代の日本列島の人口は、最盛期30万人だった。それが弥生時代には100万人を超えた。江戸初期に2500万人に達した人口は、明治時代には3000万人になった。

このように徐々に進んできたわが国の人口は、その後の150年間で、1億3000万人まで膨張することになった。
そしてこれから日本は、急激な人口減少期を迎えようとしている。

福島県は、30年後に訪れるはずだった「急激な人口減少」の風景を震災により引き寄せてしまった特異な経験をした。

このようなことを考えているうちに、人口3000万人時代(明治期)の日本の姿に関心を持つようになった。

じつは、150年前の日本は、いまのブータンのように、世界で最も幸せな国と見られていたのだ。

「日本人は、幸福そうで、陽気で、いつも笑っている」

長崎に赴任したある外交官は、「この街で最も印象的なことは、各人が幸福そうなこと」「組織のために個人が犠牲になる傾向のある日本で、なぜ人々は幸福なのか?」「誰もが自分の仕事を(奴隷的ではなしに)規範の中で一生懸命やっている」と書き遺している。

彼に限らず、「日本人は、誰もが幸福そうで、陽気で、いつでも笑っている」とは、多くの外国人が一様に指摘していることである。

明治初期に北日本を旅行し、日本紀行をものした英国人女性探検家イザベラ・バードは、日本人を肯定的にも否定的にも評しているが、「世界中で日本ほど婦人が危険にも無作法な目にもあわず、まったく安全に旅行できる国はないと信じている」「女性たちが口汚く罵りあうのを聞いたことがない」「子供たちが虐待されているのを見たことがない」と書いた。

彼女が雇った人力車夫(当時の最下層の肉体労働者)は、入れ墨を入れたいかつい男だったが、礼儀正しく、当初決めた以上の料金は受け取らなかった。休憩時間には褌姿で読書に勤しんでいる。別れ際にふと姿を消したと思うと、路傍の菜の花を摘んできて彼女に差し出す粋な振る舞いもしたそうだ。

「日本には貧乏人は存在するが、貧困は存在しない」

以前、天皇陛下が海外からの賓客をお迎えされる部屋のしつらえが、海外で話題になったことがある。

質素だが、非常にセンスのよい内装だというのである。それは、絶対権力者がその威勢を誇示するような東洋的な豪華絢爛さとはかけ離れたものだ、と。

外国人が書き遺した言葉に、ひときわ印象的だったものがある。

それは、「日本には貧乏人は存在するが、貧困は存在しない」という一節だ。

貧しくとも、みじめな姿ではない、人間らしい満ち足りた生活だという意味だろう。

「この国では、物乞いの人々に対して、決してひどい言葉が使われない」という指摘もあった。

漁村では、獲った魚が網からこぼれつつ運ばれていく。こぼれた魚は、寡婦や身寄りのない者の分け前だという暗黙のルールにより、富が再分配される仕組みが出来ていたのである。

動物学者エドワード・S・モースは、宿の女主人の子供達と散歩に出かけたときの思い出を次のように記している。

五銭ずつ小遣いをやると、子供達はごく自然な振る舞いで、そのうちの一銭を路傍の物乞いに与えた。「彼らは慈悲深く、ときに大人顔負けの知性を垣間見せることもある」

興味深いのは、そんな日本の子供が「春画や春本からは隔離されていない」という指摘である。

ものもらいは七軒の家のお米で治る

宮崎県の山村で、老人に「この集落には勧進さん(乞食)はいますか?」と尋ねたことがある。

老人はいると答え、来たら必ず米か金をあげると付け加えた。これが、かつての日本社会のモラルだったのではないか。

ものもらい(まぶたが腫れる疾患)は、「七軒の家からお米をもらって来て炊いて食べると治る」という言い伝えがある。

これは、他人からものを貰うなら、一軒の家だけに隷属せず、薄く広い救済者を確保せよ、という知恵であろう。

分け与えるのが人間の本性

講演メモは以上です。

講演の翌朝、テレビで「人間はなぜペットを飼うのか」という話題を取り上げていました。

人間には、群れを維持するために、誰かに何かを与えることに喜びを感じるようなプログラミングがされている。分け与えるのが人間の本性というわけ。分け与える機会が少なくなった現代社会では、ペットを飼うことが分け与えの代償行為と考えられるという。

たしかに、相互扶助のしくみが国家によってシステム化されたことにより、救済されない人は飛躍的に減ったでしょう。

しかし、既成事実化したシステムが、いつしかその基底にあったモラルとの関係をあいまいにしてしまった面は否めません。同時に、分け与える側からは与える喜びを、分け与えられる側からは与えられた喜びを奪ってしまったとは言えないでしょうか。

そんなことを考えながら帰途につきました。