ものづくりの本質は◯◯◯

さる2月25日・26日、別府市のビーコンプラザにて「おおいたものづくり王国総合展2015」(公益財団法人大分県産業創造機構・大分県主催)が開催されました。

この催しの一環として開催された講演会は、浜野慶一氏(株式会社浜野製作所 代表取締役)による「下町・町工場奮闘記」。

浜野氏は「製造業版のディズニーランド」をビジョンに掲げた取り組みで知られる人物。私も大いに期待して臨みましたが、「ものづくり」をテーマとするイベントに相応しい、とってもよい講演会だったと思います。

なにより良かったのは、講師である浜野氏のお話がじつにリアルだったこと。

講演会の冒頭、彼はこうおっしゃいました。

「今日は、私がいち中小企業の経営者として感じたこと、考えたことをおごらず・飾らず・率直に・素直にお話したいと思います」

その言葉通りに、彼の話は「おごらず・飾らず・率直に・素直」でした。

以下、そのリアルさがもっとも具体的に現れたところをご紹介したいと思います。

 

1 浜野製作所の経営理念は、どのようなきっかけでできたか

もともと浜野製作所さんには、明示的に示した経営理念のごときものはなかったそうです。お父さんの代にもなかったし、浜野氏が社長を引き継いだときにも作ろうとしなかった。作る必要を感じなかったというより、「自分は会社をどうしたいのか考える間もなく数年がたっていた」というのが実感のようです。

それが一念発起、いわば会社の憲法である経営理念を作ろうと思い立ったのは、「会社経営が大きなカベにぶつかり、何か心の拠り所がなければ越えられないと思ったから」。つまり彼は、どんな局面で、いかなる反省や問題意識に立って経営理念ができたか、という「経営理念の出自」に焦点を当てたわけです。

日本国憲法も敗戦直後の焼け跡のなかで生まれました。だからこそ、そこには「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうに」(日本国憲法前文の一節)という思いが強く宿っています。そんなことを思い起こしながら、経営理念がたんなる美辞麗句でなく、経営者や従業員に規範として意識されるためには、「その言葉に込めた思いはなにか」が十分に説得的でなければならないのだと改めて感じました。

2 浜野社長自身は、経営理念をどのように検討したか

経営理念の意義やその重要性を語る人は少なくありませんが、「私はこうやって経営理念をつくった」という話をきく機会はきわめて限られます(「京セラの経営理念がいいと思ったから真似た」というような話をきくことはありますが…)。

浜野氏はどうしたか。前述のとおり、大きなカベにぶつかったときに、「自分の人生を子供の頃から全部振り返って、箇条書きでノートに書いてみた」。これに半年かかったそうです。振り返れば、いろいろな人たちのことが胸をよぎりました。もらい火で会社が全焼したとき、わがことのように心配し、手を差し伸べてくれた地域の人たち。給料も払えないのに「俺は金のために働いているんじゃない。あんたと一緒に働きたいから絶対やめない。」と言った、当時ただ一人の部下。

とても書き尽くすことはできませんが、浜野製作所の「お客様・スタッフ・地域に感謝・還元」という理念の背景には、会社を支えてくれた人たちとの数多くの物語があるのです。

よく明示的に示した経営理念がない会社を指して、「経営理念のない会社」という人がいますが、ずいぶん乱暴な言い方だと思います。明文化されていなくても、経営者が培ってきた信念や信条、あるいはそれが形作ってきた組織内コンセンサスのようなものは、普段は明確に意識していなくても、きっとあるはずです。浜野氏は多忙な日々の中で、それをノートに書き起こすことで再確認したのだと思います。

 

講演のインプリケーションは何だったか

この講演をどう総括し、その学びをどう活かすか、私なりに以下に整理してみます。

彼のお話はなぜリアルだったか。それは、過程に光を当てたから。結果だけをあとから語ったのではなかったから。正しい話、かっこいい話、威勢のいい話(その多くは『何かの本で読んだな』と感じるような話ですが)は、いろいろなところで聞くことができます。残念なのは、それらの多くに「腑に落ちる」感がないこと。おそらく正しいことをおっしゃっているのだろうけれど、リアルに響かないのです。それはなぜかというと、語っている本人が試行錯誤して行き着いた結論ではないために、実行の過程に横たわるハードルを十分に認識できていないからではないか?と私は思っています(注)。

多くの人が「一見明白に正しいこと」をなかなか実践できないでいる理由は、何も正しさを理解できないからではないと思います。理想と現実にどう折り合いをつけるか。理想論が所与としている前提条件をどう整えるか。リアルな話というのは、そんな論点をきちんと捉えているものです。

おはなしの終盤、「ものづくりの本質、真骨頂も、屁理屈や虚飾が通用しない『リアル』の一点にあるのではないか?」とふと思いました。

(注)経験万能論を唱えたいわけではありません。他人が直面している問題でも、「俺だったらこうする!」と当事者意識をもってことに当たれば、教科書通りにいかない現実と正論のギャップに悩むはずです。登場人物の気持ちになってはじめて小説に没入できることにどこか似ています。

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