井上準之助ゆかりの銘酒と小説「男子の本懐」

地元デパート(トキハ本店)の酒売場に立ち寄ってみたら、『男子の本懐』という名の日本酒にふと目がとまりました。

「蔵元は井上酒造かな?」と手に取ると、やはりそうでした。

蔵元が井上酒造だとわかったのには理由があります。城山三郎の代表作のひとつ『男子の本懐』の副主人公・井上準之助(元日銀総裁・元蔵相)の生家として知られる蔵元だからです。そもそも、井上酒造の代表銘柄『角の井』を命名したのは、井上準之助自身なのだそうです。

それまで井上酒造の日本酒を飲んだことはありませんでしたが、以前買った「初代百助」という麦焼酎が非常にバランスのいい、旨い焼酎(注)だったことと、ネーミングに惹かれて買ってみました。

(注)芋焼酎でいうなら「三岳」のようなバランスのよさ。減圧蒸留ですが、十分な個性を残しています。さりとて飲みにくさは感じられないのです。

井上準之助ゆかりの銘酒「男子の本懐」

パッケージの字は作家・城山三郎氏によるものとのこと。フルーティーな口当たり、やさしい甘さで、酸味はなく、後味にかすかな苦味を感じます。分類上は「本醸造」で、醸造用アルコールが添加されていますが、べたつく感じやクドさはありません。基本的に醸造用アルコールが添加されたお酒はあまり飲まない私ですが、このお酒に関しては、醸造用アルコールがすっきりした味わいにプラスに作用しているのかもしれません。

ところで、城山三郎『男子の本懐』は昭和50年代にNHKでドラマ化され、主人公・浜口雄幸首相を北大路欣也、副主人公・井上準之助蔵相を近藤正臣が演じました。いま考えても、見事なキャスティングだと唸らされます。

浜口内閣成立前夜の日本

前任の田中義一内閣の時代、わが国は従来の穏健な中国政策を捨て、積極的な軍事介入を行うようになりました。陸軍の若手将校らの間には、満洲における支配権を確立しべしという機運が高まり、ついには奉天軍閥の首領である張作霖の爆殺事件(「満洲某重大事件」)が引き起こされてしまいます。

田中は、昭和天皇に、関係者の処分を行う旨の上奏を行ったにもかかわらず、軍や閣僚らの反対にあい、ことをうやむやに済ませようとします。これを知った昭和天皇は、激怒して田中を強く叱責され、恐懼した田中は涙を流して内閣総辞職を決めるに至りました。

昭和天皇のご信任厚かった浜口

経済の行き詰まり、金解禁の国際的圧力、軍部の暴走、高まる財政再建の必要。これらに取り組むに当たり、浜口がキーパーソンとして入閣を乞うたのが、日銀総裁経験者の井上準之助でした。

朴訥だが山刀のように揺るぎない浜口と、スタイリスト(立ち居振る舞いに気を配る人)でナイフのように怜悧な井上。この対蹠的なふたりは、政党政治が光を失いつつあるなか、軍部や野党立憲政友会の猛反対を押し切り、金解禁、緊縮財政、軍縮を断行した名コンビでした(このあたりのことは、「戦前にもあった『護憲運動』」でも触れました)。

野党や軍部、マスコミの激しい攻撃にもひるまず、強い危機感と使命感で内閣を牽引する浜口を、昭和天皇は深く信頼しておられたようです。

しかし、改革を断行する内閣への不満が、ついに爆発するときがきました。浜口首相が東京駅で銃撃されたのです。

このときの昭和天皇のご様子を、城山三郎『男子の本懐』は次のように描写しています。浜口の容態を案じられる昭和天皇のお気持ちが窺われるエピソードです。

安達内相は、大演習の行幸に供奉していて、浜口遭難の報せを聞いた。第一報は、御野立所近くの電話に鉄道次官からかかってきた。大塚警保局長が受け、手帳用紙を割いてメモしたのを、安達に渡した。安達は直ちに天皇の前に出て、報告しかけたところ、「陛下は予が手にせる大塚メモを御覧にならんとし、御竜顔恐れ多くも予が前額の附近に接近遊ばされる始末であった」

浜口を見舞ったあと、安達はすぐまた岡山へ引き返し、浜口からの御礼を言上するため、天皇にお目にかかった。天皇は、安達の顔を見るなり、「浜口はどうか」といわれ、一命をとりとめそうである旨、申し上げると、天皇はうなずきながら、「結構であった」と、数回くり返された。さらに、安達が手帳を見ながら詳しく症状を御報告しようとすると、天皇はもどかしそうに、その手帳を御自分の手にとられ、読みながら質問を続けられた。

スタイリスト井上のほんとうの人柄

軍事予算の大幅削減を顔色一つ変えずにやってのけるクールな井上は、あまり人間味のある人物とは見られていなかったようです。しかし、銃撃事件の翌年、この時の傷がもとで浜口が死去したとき、人々は井上のほんとうの人柄を知ることになります。

閣僚や党幹部たちが、次々にとびこんできた。その中でただ一人、玄関に入ると同時に、大声を上げて泣き出した閣僚が居た。井上準之助である。見えっばりでスタイリストと見られた井上のその姿は、ひとびとの目には、あまりにも異様であった。たとえ肉親を失っても、井上なら見せない姿に思えた。あっけにとられて静まり返った邸の中に、しばらくは、井上の号泣だけが聞えた。

二年後、その井上も演説会場で凶弾に斃れます。即死に近い状態だったということです。井上や、三井合名理事長團琢磨を射殺した連続テロ事件は、実行部隊となった政治結社の名をとって血盟団事件と呼ばれました。

この小説の最後は、次のように締めくくられます。
城山作品は、ずいぶん読んできたつもりですが、この小説の最後の一文がいちばん好きです。

青山墓地東三条。

木立の中に、死後も呼び合うように、盟友二人の墓は、仲良く並んで立っている。位階勲等などを麗々しく記した周辺の墓碑たちとちがい、二人の墓碑には、「浜口雄幸之墓」「井上準之助之墓」と、ただ俗名だけが書かれている。

よく似た墓である。

城山三郎「男子の本懐」