苦言と誹謗中傷はどう違うか

今度あなたに会ったら言おうと思ってたんだけど」

昨年仕事でお世話になっている方のところにお伺いした時のこと。

お茶でもどうぞ、招じ入れられた別室で、しばし雑談ののち、「今度あなたに会ったら言おうと思ってたんだけど」と彼が切り出したのは、私に対する「苦言」(あるいは助言)でした。

それは私が某所に提出した、あるプロポーザルに関してのことです。

共に活動している専門家とともに、検討を重ねた企画だっただけに、私にもそれなりの思い入れがあり、一瞬むっとしたことは事実として認めざるをえません。

しかしながら、それは一瞬のことで、次の瞬間には「今後この方からこのような助言を今後もいただくためには、どのように振る舞うべきだろうか」と考えが変わりました。

耳を傾けるのは誰のためか

苦言に耳を傾けたほうがいい、のはなぜでしょう?相手を気を悪くさせないため?一応意見に耳を傾けるのがエチケットだから?

私は単純に、「そのほうが自分の得だから」と単純に考えています(注)。

たたし、苦言と似て非なる、中傷には敏感であってよいでしょう。中傷ならばどこ吹く風と聞き流せばよいのです。

 苦言と誹謗中傷の違いはここにあらわれる

苦言と誹謗中傷には「それが向けられている対象」に違いがあると思うのです。

苦言は批判の対象がその人の行為に向いており、一方誹謗中傷は、批判の対象がその人自身―出自や人格、性別、人間性、学歴、容姿など―に向いています。
例えば公然とお客様批判を行った人物に対して、「お客様の悪口を言うものではないよ。どこでどういう形でそのお客様のお耳に入るか分からないし、第三者が聞いても決していい気持ちはしないと思うよ。」というのは苦言。

「公然とお客様の悪口か。ほんとに君は教養のない男だな。親からろくなしつけも受けずに育ったのだろう。お里が知れるよ。」というのは誹謗中傷です。

後者は、お客様の悪口を言ったことをたしなめているようで、その実、人格攻撃が主題になっています。気づきを与えるのが目的であるなら、その人が受け入れやすい表現を工夫するというのがあるべき苦言だと思います。

多くの場合、その人の発言意図というのは、発言の終わりの方に表現されているものです。

苦言に報いる唯一の方法

最初のエピソードに戻ります。この方からこのような助言を今後もいただくためには、どうすればいいか。私のこたえはひとつでした。

苦言を生かしたアクションを起こし、次にお目にかかった時に「あの時のご助言のおかげで、こうなりました。ありがとうございました。」とご報告することだ、と。

少し時間はかかりましたが、その方には一応のご報告ができ、少しホッとしています。

(注)相手も、こちらが苦言を真摯に受け止めたか、ハイハイと頷きつつ聞き流したかはわかっています。たんなる処世術で「ご助言ありがとうございます」と言っても意味は無いでしょう。

コミュニケーション

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